社長ブログ

コロナウイルスで顧客コミュニケーションはどう変わるのか

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4月7日、日本政府は新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐために緊急事態宣言を発令しました。
外出自粛が広がり、人々の生活スタイルも働き方も大きく変わりつつあります。(弊社でも原則テレワークとなりました。)

今後CRMに関わる多くの人が直面するのは「この非常時下にお客様に何をどう伝えるべきなのか」という問題かもしれません。
今まで誰も経験したことがない環境変化の中で顧客とのコミュニケーションはどう変わっていくのでしょうか。

国家非常事態宣言の直後、米国ブランドはどう対応したか

この事態が今後どう展開するのかを予測することはできませんが、3月以降急激に感染が広がり3月13日(金)に国家非常事態宣言が出された後の米国での様子は、これから日本で起きることを考える上で参考になるはずです。
その意味で3月15日(日)にGartnerのAugie Ray氏(以下「筆者」といいます)が投稿したこの記事には多くの示唆が含まれています。(ちなみにニューヨーク州で事実上の外出禁止令が出されたのは3月21日で、この記事はその前に書かれています。)

Beware of Virtue Signaling or Outright Greed in Brand Communications About COVID-19
https://blogs.gartner.com/augie-ray/2020/03/15/beware-virtue-signaling-outright-greed-brand-communications-covid-19/

※筆者は顧客としての自身の体験から非常時のブランドからのコミュニケーションをどう感じたかに基づいて記事を書いています。米国と日本では色々な面で状況が異なるので、全ての指摘がそのまま日本でも当てはまるとは思いません。ただ、非常時下のマーケティング環境がどのように変化する可能性があるかを考える上ではとても参考になると思いました。
ちなみに以下の一部拙訳は「大体こんなことが書いてあると思う」という大まかな意訳で、誤訳もあるかもしれませんので、是非本文をご一読ください。

“Avoid Virtue Signaling” 「顧客を気遣うふり」はブランドを棄損する

筆者は最初に、この数週間感染が拡大する中でマーケターやCX担当が急速に変化する顧客とブランドのニーズに必死で対応してきたことに触れ、ほんの少し前まではブランドがコロナウイルスに関して顧客とコミュニケーションすべきかどうかを議論していたが、今は競って顧客にコロナウイルスに関するメールを配信するようになったといいます。

そしてキーメッセージとして下の一文が示され、
The global pandemic may or may not be a business opportunity for your company, but trying to make it a marketing opportunity for your brand is risky.
まず “virtue signaling” を避けるべきだといいます。

“virtue signaling”は訳が難しい言葉ですが、筆者の説明は「実際はその価値観に基づいて行動していないのに、ある価値観を声高に唱える」つまり「口先だけである価値観を唱える」ということになります。

「これまではウイルスのことに触れたブランドからのメールなどほとんど無かったのに、先週いきなり爆発的な量になった。ブランドの方針は数日の内に『コロナ無視』から『コロナに乗り遅れるな』に変わったようだ。問題は、ほとんどのメッセージが顧客中心になってないことだ。競うように送信されるメールによって、顧客はブランドが口先だけで顧客を気遣うふりをしていたり、自社の商売にやっきになっているという印象をより強く抱くようになっている。」

事態の深刻さが増していく中で非常事態宣言が発表され、マーケティングコミュニケーションに関する空気感が急に変わったようです。米国の場合は急激に緊迫の度合いが強まったので、企業側としても何かメッセージを発信する必要を感じてコロナウイルスに関する「CEOからのメッセージ」や「大切なお知らせ」といったメールが急増したのでしょう。しかしそのメールの内容が問題だと。

例えば、と彼が挙げたのはこんな例です。

「私が契約している住宅ローンの会社から『大切なメッセージ』という件名で『当社にとってお客様と従業員の健康と安全が最も重要です』という内容のメールが届いた。月1回ローンを自動引き落とししているだけの会社が私の健康にどんな影響を持つというのだろう?」

「このような、実際には何もしないのに顧客を気遣うふりをするメッセージの問題は、それが顧客の時間を無駄にし、顧客との関係性にもほとんど寄与しないということだ。それどころかその種のメッセージは、顧客にとって意味あるものが何もないということによってブランドを傷つける。
この世界的な危機下にあって住宅ローンの会社から『大切なメッセージ』を受け取ったら、普通そこには顧客がローンを払えなくなった時のことが書いてあると思うだろう。このメールにはそのことに関する説明もなく、顧客に役立つとか慰めになるようなコンテンツもない。それはこのメールが(顧客中心でなく)ブランド中心の発想で、単に顧客を気遣うふりをしているだけだということをはっきり示し、ブランドを毀損するのだ。」

このローン会社からのメールは、その前の週以前なら特に当たり障りのない、ピントの外れたメッセージとして無視されるだけだったかもしれません。(正直私も普通ならそんなに目くじらを立てるような内容ではないと思います。)しかしこの時点で筆者は自宅に籠って感染の恐れや様々な不安とストレスを抱えながら、企業からの大量のメールを受信していたわけです。その筆者の目には、このローン会社は肝心な情報がない無意味なメールを送ってくる、顧客のことを全く考えていない会社だと映ったのだと思います。この非常時に顧客が何を心配してるかぐらい想像できないのか!?という感じですね。

What’s in it for me? の問いに答えはあるか

もう一つのメッセージ”Don’t Signal Your Brands Desperation”のくだりで筆者は「顧客に商品を買って欲しいと思うのは当然だが、マーケティングコミュニケーションで自社の都合や危機感を押し付けるな」と言っています。

「私が金曜日(3月13日)に受け取ったメールの4分の1は実店舗を持つ会社からで、店舗をこまめに消毒し、従業員も健康チェックをして店を開けていますと書いてある。でも何らかのオファーや役立つコンテンツが無いのなら、他の全ての会社と同じ当たり前のことを伝えているに過ぎない。さらにもし、あなたの会社が今週末の来店を促すメールを送信するつもりなら、送信ボタンを押す前によくよく考えてみた方がいい。今米国ではCDC(米国疾病対策予防センター)がソーシャルディスタンスを奨励し、外出を自粛するよう警告が出され、命を救うための行動が求められている。今朝のTwitterのトレンドワードは“#StayTheFHome”だ。実店舗への来店促進とは違う戦略に移行すべき時だろう。」

一方でD2Cのアパレルブランドからのメールは、短い文章でブランドが顧客の健康と安全にコミットしてることやコロナウイルス対策チームを立ち上げたことが書かれ、CDCのサイトをチェックすることを勧めてそのリンクが記載されていたそうです。ぱっと見では特に無害なメールですが、その内容は誰でも知っている分かり切った内容で、筆者はそのことにがっかりしたといいます。

「この種のメッセージは、先週顧客の受信BOXが似たようなメールで溢れかえるまでは、少しは有益で他社と差別化できるものだったかもしれないが、今この時にあっては、顧客への深い気遣いではなく、単に自社のアピールをしたい、お金を使ってほしいという意図が透けて見えるだけだ。」

「そのメッセージが、あなたの会社にとってでなく顧客にとって必要で役に立つものかどうかを考える必要があるということだ。WIIFM(=What’s in it for me ? 私にとって何のメリットがあるの?何の意味があるの?)を問うことを忘れてはいけない。」

顧客の健康への気遣いやCDCサイトへのリンクのような、前の週までなら顧客にとって多少は有益だったかもしれないコンテンツが、環境変化と企業からのメールの急増などによって(朝から晩まで全てのメディアを通じて同じようなメッセージを受け取っているでしょう)、見飽きた意味のない情報になってしまう。そういった変化に気付かず無意味なメッセージを送信することによって、ブランドが顧客のことを本気では考えていない、要は自社にお金を落として欲しくてメールを送っているだけだということが透けて見える、という手厳しい指摘です。

コロナウイルスに関してメールを出す前に自問自答すべき4つの質問

最後のパラグラフで筆者は、下の4つの質問にイエスと答えられる場合にだけコロナウイルスに関するメッセージを送るべきだといいます。

1.顧客に対して、他の誰もが言ってることとは違う何かを伝えようとしているか?

2.顧客が自社やブランドに関してまだ知らないことや分かっていないことを伝えようとしているか?(分かり切ったことを伝えようとしていないか?)

3.件名や導入部にWIIFM(私にとって何のメリットがあるの?何の意味があるの?)に答える内容が明示されているか?

4.そして最も重要な点として、WIIFMの内容が今現在の顧客のニーズにマッチしているか?

顧客を取り巻く状況は今後も日々変化し続けるので、顧客に役立つ意味のあるブランドメッセージを発信するにはスピードと俊敏さが必要だ。
しかしそれができたブランドは顧客との関係を深めてパンデミックを乗り越えられる可能性が高まるのだ、というのが筆者の結論です。

私はこう考えます

私はこの状況下で企業が顧客に対して自社のコロナウイルス対応をお知らせすることが無意味だとは思いません。
ただ、この投稿に見られるようなマーケティングコミュニケーションに対する顧客の感覚の変化、”WIIFM”により敏感になるような変化が日本でも起きると思います。
そしてその変化は元に戻らない不可逆的なものになるのではないか、とも思っています。

緊急事態が継続し、日々状況が変化する中で、私たちは自宅のオンライン環境でより多くの情報に接するようになります。

自分自身と家族の健康・安全が最優先なので「今、自分にどんな影響があるのか?」ということにとても敏感になっています。

例えばマスクが増産されるという情報も、今自分が買えるかどうかだけが問題だし、政府の支援制度も今の自分が対象になるかどうかが問題です。
企業からコロナウイルス対応のメールを受信するとしたら、そこで知りたいのはやはり「今の自分に関係ある情報」だけでしょう。
例えば先のローン会社のメールの例でいえば、顧客が知りたいのは「私が今ローンを支払えなくなったらどうなるのか」「私の場合繰り延べはしてもらえるのか?」「私が使える公的な支援制度はないのか」といった「私に関する情報」だけです。

そう考えるとやはり全体的に”WIIFM”という感覚が強まり、顧客コミュニケーションにおけるレリバンシー(relevancy)の重要性がより高まることになります。(relevancyも訳しにくい言葉の一つですが、その人にとって関連がある、意味がある、”自分ごと”である、つまり”WIIFM”があるということだと言えます。)

レリバンシーの高いコミュニケーションを行うためには、顧客を知り、本気で顧客のことを考えて、(自社でなく)顧客が何を必要としているか、何が役立つかを想像する必要があります。

もう一つ重要なのはタイミングです。マーケティング環境と顧客の状況変化のスピードが格段に速くなっています。
都心に通勤していた人がテレワークで一日中自宅でオンライン環境になる。子供の保育園から登園自粛の要請がきてテレワークすら満足にできなくなる。勤めていたお店が休業になって自宅待機になる。そんな急激な環境変化がそこら中で起きています。
ですから、重要なのは ”まさに今” その顧客にとって必要なもの、役立つものが何かです。
自社や顧客の変化を素早く察知してすぐに必要なメッセージを発信したり、顧客によって内容やタイミングを最適化できるOne-to-Oneの仕組みをフル活用する時だと思います。

この試練の時期は、私たちが最近声高に語ってきた「最適な顧客体験」とか「顧客中心」といったコンセプトが掛け声だけでなく本物なのかを試される時なのかもしれません。

配信メールの事例と参考資料

米国で配信されたコロナウイルス対応のメールをいくつかご紹介します。

Domino’s Pizza
米国で配信されたコロナウイルス対応のメールの多くはテキスト中心で文字量が多く、読みにくい印象を与えます。(ちなみにテキストメールという意味ではありません。HTMLメールですが文字ばかりだという意味です。念のため。)ドミノピザのこのメールは一目瞭然分で分かりやすくメッセージが伝わります。

JPMorgan Chase
簡潔な文章で分かりやすい、強いメッセージになっていると思います。
“You can count on us at times like this, especially if you need our help.” という安心感のあるメッセージと共にモバイルアプリとオンラインバンキングに誘導。

Dunkin’
メンバーシップのクーポンや誕生日特典の有効期限を延長しますよ、というお知らせ。
We’ve got your back というのはダンキンドーナツのコロナウイルス対応のスローガンになっていて、ドライブスルーや宅配サービスの活用をお勧めしています。

TripAdvisor
家での過ごし方を提案。おすすめの本や音楽、映画、家族向けのボードゲームなどをそれぞれ社員が紹介しています。

KENDRA SCOTT
MAなどで設定されている自動配信のメールは一度コンテンツをチェックし、必要に応じて修正しておく必要があります。
こちらはジュエリーのブランドの誕生日メール。誕生月に店頭でのディスカウント特典がありますが、今はお店が開いてないのでディスカウントはお店を再開したときに使えますからね、とお知らせしています。

 

<引用元、参考記事>
https://www.degdigital.com/insights/covid-19-email-communications/
https://movableink.com/blog/4-coronavirus-response-emails-that-put-the-customer-first/
https://movableink.com/blog/retail-communications-in-the-age-of-coronavirus/
https://litmus.com/blog/email-first-the-new-normal-for-keeping-you-connected-to-customers-in-challenging-times

 

【ご参考】
米国にWoman of Emailという女性Eメールマーケターの団体があり、そこが中心になって新型コロナウイルスに関して企業から送信されたメールを集めて業界ごとに整理して公開してくれています。その他の資料もあり、かなり参考になります。
https://drive.google.com/drive/folders/1RV0ADDyr6ORKpEa9Z0PGq6zA5tfWsj68?usp=sharing

この記事を書いた人

岡本泰治 株式会社ディレクタス 代表取締役

京都大学卒業後、株式会社リクルートを経て1993年ディレクタスを設立。
航空会社や自動車メーカーなど大手企業のEメールマーケティング戦略を立案・実行し、近年ではマーケティングオートメーション(MA)の導入支援やシナリオ設計、MA導入後のOne-to-Oneクロスチャネル展開設計など、常に最新のソリューションと長年培ってきたノウハウをもとにOne-to-Oneマーケティングを推進。