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ディレクタスの30年とCRMの未来 ②

株式会社ディレクタス 代表取締役 岡本泰治

Marketing Automation(MA)との出会い

2011年にソルトレイクシティーで開催されたOmniture Summitに参加して、そこでResponsysやExact TargetといったMA新興企業の存在を知りました。
両社とも元々米国メール配信システム大手の一角で、私も名前ぐらいは知っていましたが、単なるメール配信から格段の進化を遂げていて、シナリオの設計や自動実行の機能が追加され、メール以外にSMSの配信にも対応していました。
ResponsysのパートナーセッションではSite Catalystのログデータを使った事例としてEコマースでの「カート放棄メール」(買い物かごに商品を入れたままの顧客にリマインドメールを自動送信する)なども紹介され、開発済みのコネクターで簡単にデータ連携が可能だと説明されていました。私たちは同じことを「行動ターゲティングメール」と称して全て手作業で行っていた訳で、それが簡単なUIでシナリオとして設定され、自動実行されているのを見て愕然としました。GUI上のドラッグ&ドロップでフローチャートのようなシナリオ図を作る、今ではよく見るシナリオ設定のUIですが、当時の私にはまさに衝撃的でした。

興奮した私はすぐに各社のブースで責任者らしき人をつかまえて、日本で是非パートナーをやらせて欲しいと頼み込んでいました。
その後2012年にまずResponsysが日本に進出することになり、日本で最初のパートナーの一社になってライセンスの営業を始めました。翌年にはExact Targetも日本に進出することになり、そちらもパートナー契約を進めていましたが、そのタイミングでExact TargetがSalesforce.com社に買収されたため、Salesforce.com社のパートナーとしてExact Target(Salesforce Marketing Cloud)の営業を始めることになりました。

CRMの新たな潮流

当時それらのソフトウェアをGartnerではMultichannel Campaign Management(MCCM)、ForresterではCross Channel Campaign Management(CCCM) と呼んでいました。

それ以前にもCampaign Managementと呼ばれるソフトウェアがあり、IBMのUNICAやSASのMarketing Automationなどは事前に設定したシナリオに従って対象となる顧客を抽出し、施策を実行する機能を有していました。私が知らなかっただけで、日本でもやろうと思えば「行動ターゲティングメール」を自動化することはできていたのです。事実、国内でもいくつかの先進的なオンライン系の事業会社では、UNICAなどを使って顧客の行動を起点としたOne-to-Oneコミュニケーションを主にEメールチャネルで実装していました。ただUNICAやSASのようなCampaign Managementはオンプレミスのソフトウェアで導入の難易度も高く、導入後の運用にもエンジニアを含むそれなりの体制が必要なため、活用が進まないケースが多かったのです。

それ以前のCampaign ManagementとResponsysやExact Targetとの違いは、後者がメール配信システム由来の強力な配信機能を持つクラウドネイティブのSaaSで、「Multichannel」「Cross Channel」の呼び名通りメール以外にもSMSやアプリのプッシュ配信にも対応しており、さらに直感的で使いやすいUIを備えていた点でした。

当時導入を検討されたデジタルマーケティング担当者の中には、マーケ施策のために顧客データを抽出しようとすると、その都度IT部門に依頼しなければならず、時間がかかってしまうことに強いストレスを感じていた方たちがいました。
これらのツール(話を簡単にするためにMAもしくはBtoC向けMAと呼びます)はデータベースとしての機能も持っているので、一旦基幹系のDWHからデータをインポートしてしまえば、あとはUIと簡単なSQLさえ使えればデータ抽出の操作ができます。もちろんそのSQLを使いこなすのも簡単ではありませんが、開発レベルの難易度ではありません。初期の導入もUIを使ったデータベース設定などが主な作業で、データインポートもFTP経由でのファイル転送で済むためMA側の開発は必要なく、弊社のような非SIerの運用支援企業でも勉強すれば何とか対応することができました。基幹系のデータ連携はIT部門に依頼することになりますが、初期導入以降はマーケティング部門だけでも運用することができるわけです。

また、SaaSなので予算としてもIT部門のシステム投資でなくマーケティング部門のシステム利用料として計上することができました。
そのため、それ以前のCampaign ManagementがどちらかというとIT部門を主な窓口としていたのに対して、新たに登場したMAはデジタルマーケティングの部門を主体として導入が検討されるようになったのです。国内で初期のパートナーとなったのも弊社のようなCRM支援やweb構築などデジタルマーケティング業界の企業の方がSIerなどのIT系の企業より多い印象でした。

EC専業の事業会社などはECパッケージに簡単なCRM機能が備わっており、そのデータベースをMAと繋ぎました。既存のCRMシステムを持っている事業会社でもECなどオンライン側とはまだ連携しておらず、それとは別にデジタルマーケティング部門が導入したMAがオンラインでのCRM施策を実行するツールとして使われるようになりました。

こうして、それまでのIT部門を中心としたCRMの流れとは別に、デジタルマーケティングにおけるCRM施策の実行プラットフォームとしてMAが使われるようになりました。

従来のCRMにおける顧客コミュニケーションは、企業の施策ありきで情報を一斉にDMやメールで発信することが多く、ごく一部の企業が顧客の属性情報や購買履歴によるターゲティング配信を行っているという程度でした。MAの登場によって顧客のオンラインでの行動に基づく施策を簡単に設計することができるようになり、施策の幅が大きく広がり、かつタイムリーに実行できるようになりました。

企業の施策を中心に設計されていたCRMのコミュニケーションが顧客の行動を中心に設計されるようになったわけで、これは少し大げさですが、CRMにおけるある種のパラダイム転換が起きたと言えるのだと思います。(図は「CCCM入門」に掲載した旅行予約サイトのOne-to-Oneシナリオ設計のイメージです。2013年にサンフランシスコで開催されたResponsysのイベントで紹介されたOrbitzという旅行予約サイトの事例を参考にして作成しました。)MAベンダーのプレゼンの中にもCustomer ExperienceとかCustomer Lifecycle、Customer Journeyといった言葉が使われていて、One-to-Oneコミュニケーションによって顧客体験全体をより良いものにし、顧客との関係性を強化してLTVを最大化するのだ、といったコンセプトが語られるようになっていました。

 

転機になった「CCCM入門」の出版

Responsysの営業はスタートしたものの、国内ではこの種のツールの認知も低かったため毎回コンセプトや有用性を説明するところから始めなければならず、苦労の連続でした。そこでディレクタス自身の認知向上も目的としてMAに関する書籍を出版してはどうかということになりました。何社か出版社に当たってみたところ、インプレスさんが興味を持ってくださり、立ち上げたばかりの「Next Publishing」というフォーマットで出版することになりました。「Next Publishing」は電子出版を基本としてオールデジタルで編集し、その派生として印刷書籍を作る出版モデルです。

こうして2014年に企画が始まり、2015年夏には「BtoC向けマーケティングオートメーション CCCM入門」という書籍を出版しました。BtoC向けMAに関する日本で最初の解説書でした。
「CCCM入門」では当時BtoC向けMAを日本で展開していたSalesforce、ORACLE(Responsysは2013年末にORACLEに買収されました)、IBM、Adobe各社の米国本社の責任者に直接インタビューして、各社の戦略を聞き出しました。当時は各社がそれぞれマーケティングプラットフォーム構想を打ち出して新興マーケティングテクノロジー企業の買収を進めていて、業界地図が目まぐるしく変化していました。

MAは元々BtoBマーケティングで生まれた

話はまた横道にそれますが、そもそもMarketing AutomationというのはBtoBのCRMにおけるリードナーチャリングのためのソフトウェアにつけられた呼び名です。見込み顧客(リード)に対するOne-to-Oneコミュニケーションを通して自社製品・サービスの理解を深め、同時にその属性や反応に応じて見込度(スコア)を付与するなどしてリードを評価し、見込度が高いリードはSalesforce Automation(SFA)を通じて営業担当に連携します。

有名なところでは現在Oracleが提供するEloquaやAdobeが買収したMarketoがそれにあたります。今はBtoC向けの「CCCM」もMAと呼ばれていますが、本来使う目的が違うので機能にも違いがあります。例えば前記のような目的でBtoB向けMAには当然のように備わっているリードスコアリングの機能はBtoC向けMAにはありません。一方BtoC向けのMAでは数百万通、多い時は一千万通を超えるメールを一度に数時間以内で送信できる機能や、日本国内ではLINEのメッセージを送信する機能が求められますが、どちらもBtoB向けMAには必要ありません。

そういった実情を知ってか知らでか、同じMAとして両者をごっちゃにして紹介する記事や、BtoBの案件にBtoC向けMAを提案する無理な営業を見かけることがよくありました。(今でもたまに見かけます)
私は誤解を無くすためにも両者を区別して呼ぶ必要があると考えて、書籍でもあえて「CCCM」という呼称を使ったのですが、結局その呼び方を定着させることはできず、一般的に通りのいい「MA」と呼ばれるようになりました。

Salesfore Marketing Cloudの本格展開へ

2012年にResponsysの日本で最初のパートナーの一社になり、勇んで営業に回りましたが、日本ではまだ馴染みの薄いツールでしたし弊社の営業力も弱く、最初の1年で契約できたのは3社だけでした。
まだ弊社の仕様理解が不十分だったり、時々不具合が発生したりで、初期に導入していただいたお客様には色々とご迷惑をお掛けしてしまい、しょっちゅうお詫びに回っていました。海外製のSaaS新規ツールにはよくある話ですが、メールマーケティングでは配信後のコンテンツ修正もできないし、個人情報を取り扱うという面もあるので、障害や不具合は重大なインシデントになる可能性があります。気が気ではありませんでした。それにも関わらず皆さま辛抱強く付き合ってくださり、本当に有難かったです。

Responsysはサンフランシスコ発のベンチャーで、当時のITベンチャーに特有の勢いと仕事を楽しむ雰囲気がありました。サンフランシスコでのイベントにも参加しましたが、顧客が一緒になって応援するようなアットホームな雰囲気がありました。日本の代表をされていたSさんはそんな雰囲気を体現したような方で、どこに営業同行するときもTシャツとジーンズ姿で、それが当たり前に感じさせるような明るくフランクな方でした。まだIT業界の土地勘も無く右往左往していた弊社をサポートしてくださり、とてもお世話になっていましたが、突然の急病で若くして亡くなられてしまいました。本当に残念でした。

2014年にResponsysはOracleに買収され、Exact TargetもSalesforce.com(現Salesforce)に買収されてSalesforce Marketing Cloud(SMC、現在はSalesforce Marketing Cloud Engagement)という名称になりました。SalesforceはSMCの立上げのために何人ものスタッフを本社から日本に送り込んで常駐させ、その本気度を感じさせました。ディレクタスはそのタイミングでこちらも日本で最初のパートナーの一社になり、以後はSMCの運用支援を柱として戦略立案やシナリオプランニング、といった事業を拡大していくことになりました。

(ディレクタスの30年とCRMの未来 ③に続く※後日公開予定です)