数限りない試行の末にたどり着いたEC必勝の「型」と
考え抜かれたマーケターキャリアの道筋

CRMやOne to Oneマーケティングのコンセプトが世に出て約30年。ディレクタスは創業以来30年、ほぼ同じ年月を一貫してこの領域の支援サービスに取り組んできました。当初描かれていたコンセプトは、テクノロジーやコミュニケーション環境の目を見張る進化によって予想を超える形で実現されつつあります。
では、これから企業と顧客の関係はどうなっていくのか?いわば「CRMの次」は何なのか。それを考えるために、今までディレクタスとご縁のあった業界の有識者に今までの歩みやテーマ、マーケティング領域におけるこれからの課題などを代表の岡本がお聞きしていきます。

4回目となる今回はルームクリップ株式会社 KANADEMONOカンパニー代表、カタログ・テレビ通販大手のCECOなど複数企業の経営に携わる石川 森生 様にEC領域のこれまでと今後の未来予想などについてお話を伺いました。

プロフィール

石川 森生

ルームクリップ株式会社 KANADEMONOカンパニー代表 石川 森生

ナビプラスの創業に参画し多くのサイトグロースに携わった後、自身も事業会社の道に。マガシークのマーケティング部長、cotta運営 TUKURU代表取締役社長を歴任。現在は、DINOS CORPORATION CECO(Chief e-Commerce Officer)の他、トレンダーズ 社外取締役、オルビス CDO(Chief Digital Officer)、ルームクリップ 株式会社 KANADEMONOカンパニー長、RESORT Co-Founder & Chairman等を兼任。多くのベンチャーへエンジェルとしても参画中。

 

岡本泰治

株式会社ディレクタス 代表取締役 岡本 泰治

1993年にディレクタスを設立し代表に就任。今年で設立30周年を迎える。数多くの大手企業の1 to 1マーケティング戦略を立案。配信システムの提供、コンテンツ企画・制作からオペレーションアウトソーシングまで実施に必要な全ての機能をワンストップで提供している。企業のマーケティング活動を支援することによって、人々の暮らしをより心豊かで期待に満ちたものにすることを目指している。著作に『BtoC向けマーケティングオートメーション CCCM入門』など。

 

入社一年目から事業立ち上げを任された得難い経験

岡本: 石川さんに初めてお会いしたのは、2012年頃でした。アパレルECのマガシーク社でマーケティングの責任者をされていて、ディレクタスが営業を始めたばかりのマーケティングオートメーションResponsysをご紹介したのがきっかけでした。Responsysはサンフランシスコ発のMAベンチャーで、その後ORACLEに買収されましたが当時は日本で展開を始めたばかりで、私たちは最初のパートナーの一社でした。
その頃最初にResponsysをご契約いただいたのがマガシークさんでした。マガシークさんは僕たちから見ると、マーケティング・テクノロジー導入におけるイノベーター的な存在でした。

石川: 初めてお会いした時は、マーケティング部長を務めていた時期かと思います。恐らく25歳くらいの頃ですね。

岡本: その場であっさりと「やってみましょう!」と言っていただいて、とても驚いた記憶があります。そんなに若かったんですね。すごいなあ。
 
石川: 僕は新卒でSBIホールディングスに入って、最初はEC向けに決済代行の営業をしていました。でも決済ビジネスって手数料以外に差別化ができません。それならお客さんの売上を上げれば手数料も増えるわけだから、その支援をしようという発想で、当時まだ珍しかったレコメンドエンジンの事業の立ち上げをやることになったんです。

岡本: ナビプラスさんですよね。

石川: はい。レコメンドエンジンを扱う企業はその後何社も出てきましたが、その当時導入社数は我々が一番多かったのではないでしょうか。その後レコメンドエンジン以外にもEC周りのツールを探してきてソリューション群として仕立てて、お客様のニーズに合わせて必要なツールを提案するようになりました。事業立ち上げから3年間ぐらい経営に携わらせてもらって、結構利益も出すことができました。
 
 
岡本: 社会人3年目ぐらいでそんな経験をしているのですね。本当に貴重な経験ですよね。

石川: 本当に恵まれていたというか、ありがたかったですね。
でもマーケティングツールの世界も変化が激しいし、主力事業のレコメンドASPなんかはgoogleさんが無償化するのではないかっていう話もあって、もうちょっとビジネス全体のことを理解できていないとこの先自分自身のバリューを維持できないだろうと思うようになりました。
より広い領域を経験できる事業側に移ろうということで、クライアントの一社だったマガシークに入りました。
 
当時マガシークは女性向けファッション誌「CanCam」などと提携して、雑誌の掲載商品の情報提供や販売を行っていました。カリスマモデルの皆さんが身に着けた洋服や小物は一瞬で売り切れるような、社会現象にまでなっていた時代です。

雑誌が発売されると自然に商品が売れる状態だったため、マガシークではまだWEBマーケティングを行っていなかったんです。さすがにそれだけではきつくなってきていて、岡本さんとお会いしたのもちょうど効果的なマーケティング施策を模索していたタイミングでした。
色々なご提案を受ける立場にいたので、何となく「乗って良さそうな人」と「そうじゃない人」は分かるようになってきていて、岡本さん達とお話しした時に「あ、これは乗っていい船だな」と思いました。
 
 
岡本: その節はありがとうございました。石川さんは私が存じ上げているだけでも色々な仕事をされてきていますが、今はどんなお仕事をされているのでしょうか?

石川: 今はいくつかの仕事を並行してやっています。まず2016年から総合通販会社のCECO(Chief e-Commerce Officer)に就いていまして、自分でもこのKANADEMONOという家具D2Cのベンチャーに参画して、それをルームクリップという会社にバイアウトしてそのまま責任者として続けています。
事業会社としては大手化粧品会社のCDOや子供向けヘアケアブランドのCMOなんかもやらせてもらっています。支援側としてはトレンダーズ社の社外取締役やShopifyを活用した制作・コンサルティングを行うリゾート社のファウンダーChairmanといったことも。

岡本: それ以外にも色々な会社の支援をしていらっしゃいますよね?

石川: ベンチャーに出資しているケースとかも含めると15社ぐらい、関わっている数でいえば30社近く、主にECのお手伝いしていますね。
以前は同じような働き方をしている人が少なかったので、あまり大っぴらにはしていませんでした。今ではこうした働き方が一般化してきて、企業によっては推奨している所もありますよね。最近ようやく、オープンにお話できるようになった感じです。
 
 
岡本: でも色々されていて無茶苦茶忙しいですよね?どうやって仕事を回しているんですか?

石川: 多くの企業をひとりで全てフォローするのは難しいので、一緒に動いてくれるチームを組んでいます。分析やコンサルティング、クリエイティブや運用などそれぞれの領域のプロフェッショナルを巻き込んで事業推進を行っています。基本的には経営に加わりながら、一緒になって施策を回していく体制です。
また、企業毎に得た知識・体験を循環させる事も、仕事の一つです。規模や社風の相違からスキームを転用するのが難しい部分もありますが、どうやったら成功事例を再現できるのか模索し続けてきました。こうしたサイクルを同時に高速で回してきた結果、ご評価いただける結果に繋がるケースも出てきたのではないかと思っています。個人のテーマとして、限られた時間の中で最速で成長できるようにと突き詰めた結果、この形に落ち着きました。
 
 

ECだけで戦える時代は来そうにない。では、何をするのか?

岡本: 現在CECOをされているカタログ・テレビ通販大手にはどういった経緯で入られたのでしょうか?

石川: この会社に入るまでは、ずっとWEBだけで展開するビジネスをしていました。当時はECの消費に占める割合がもっと上がると想定していたんです。
EC化率でいえば、僕がこのマーケットに入った頃はまだ1~2%しかなく、10年前の段階で5%から6%でした。その頃には生活者から見てもインターネット通販の環境が整ってきていたので、将来の展望としてはECが流通を占める割合が50%位まではいくだろうと考えていました。業界的にも皆さん、明るい見通しを持っていたと思います。ところが蓋を開けてみると、そうではなかった。
コロナのようなEC業界にとってみれば追い風の環境下でも小売のEC化率って9%程度に留まっていますよね。

そうすると、ECだけを軸にするビジネスではなく、ECを一つの販売ソリューションとして捉えられるような規模の会社を経験すべきだと考えたんです。

岡本: キャリアへの考え方が戦略的ですよねえ。
 
 
石川: では何をするのか?と考えた時に、店舗×ECは僕たちが進出するには遅すぎるタイミングでした。もう既に色々やっている方がいらっしゃいました。
そんな時にちょうどカタログ・TV通販の会社からオファーをいただいて、調べてみると市場規模も全体で一兆円ほどになると分かりました。色々テストして経験積むにしても十分な規模だなと。それでオファーを受けることにしました。

僕と同じようなスキルを持つ人はごまんといる。その中最短距離で成長するにはどうしたらいいのか?と考えた結果なんですよ。

でも大企業では、例えば僕の感覚的な判断だけで広告宣伝費1000万円を一つの媒体に投下する、なんてことは許されません。感覚的には多分正しいなと思ってもそれはできない。SNS周りなんかは特にそうですね。効果が証明しづらいからです。そういう感覚的なことを試すのだったらKANADEMONOのような、自分が全て意思決定できる環境を作ってみる。そうするとまた新しい知見が貯まるので、その知見を大企業での施策にフィードバックすることもできますよね。
逆に大手にいないと出来ないこともたくさんあって、それこそ新しい高価なツールなんてそれなりの予算が無いと使えないわけです。そうして得た知見はまた別なところに還元することもできると。
 
岡本: 複数の企業で同時並行して異なるフェーズを体験しながら、PDCAを回して再現性のある知見を蓄積していくのが、ご自身の成長やキャリアアップの戦略でもあるんですね。キャリアにも戦略が必要で、何も考えずにただがむしゃらに頑張るだけだと能力もキャリアも伸びないですよね。よく考えてキャリアを積み重ねられているな、と思います。

私が意外に感じたのは、石川さんの企業への関わり方でした。コンサルタントとしてアドバイスを行うのがメインかと思っていたのですが、もっと経営に近い部分で動かれているのですね。

石川: 以前の経験から、データや市場の動向から課題を把握してアドバイスするだけでは結果を出すのに十分ではないと感じていました。どの企業でも通用する型を作るには、戦略を練るだけではなく、経営に携わって徹底的に実行力を磨く経験を積む必要があると考えました。
 
 

徹底的に型を作ることにこだわる

岡本: お話を伺っていると石川さんは、色々な企業で再現できる「型」を作ることにこだわりを持たれていますよね。業務を仕組み化してPDCAを回す習慣は、米国のスタートアップなんかだと基本だと思いますが、弊社もそうですが日本の会社ではあまり根付いていないですよね。

石川: ビジネスの成功確度を上げるには、再現性のある「型」を用いて無用なリスクや時間、コストを削減することが肝要だと考えています。幸いなことに僕たちには経営やマーケティング活動の結果について比較検討できる環境があるため、実践の場で自分たちの仮定が正しかったのか、再現性があるのかを確認することができます。そうして得た結果をまとめ「型」にして別の企業にも循環させています。
ベンチャー企業などでは導入コストの高いツールを入れるハードルは高いものですが、自分たちと似た課題を持つ企業の改善データが揃っていたら、導入ハードルは低くなりますよね。
 
岡本: 石川さんが関わってきた企業は規模やジャンルが異なるので、データとして幅広い知見がストックされているのでしょうね。

石川: はい。商材として洋服から食品、化粧品、家具など色々なものを扱ってきましたし、価格帯も異なるレンジでビジネスを展開してきています。さらに、支援先にはB to CだけでなくB to Bまであって。そうした経験をもとに、時代に合わせて「型」を磨き続けるのが自分の大きな強みになっています。

今はECを立ち上げる環境もインフラも非常に整っているので、昔にしていたような苦労はしなくてもいい状態です。競合ひしめく環境の中で勝つための法則みたいなものが厳然としてあって、それらはそこまで複雑怪奇なものではないんだけど、それをちゃんと回せているところって意外と少ないですよね。

岡本: 先日私もウェビナーでのお話を伺っていて、ECで売り上げを伸ばすための「型」がきちんと整理されていて、それが多くの経験に裏打ちされて磨きこまれたものだということがひしひしと伝わってきました。

今はロケットスタートが可能な恵まれた時代。イノベーションの支援をしたい。

石川: 企業の内部から見て感じるのは、規模が大きいほど変化を避ける傾向があるということです。既存のシステムやフローを築くのに何百人もが関わり、すでに大きなコストを投入しているからです。

もしも経営者がレガシーをリセットする為にブレーキを踏んだとしても、実際に止めることは難しい。現場は常に動き続けていているのだから、運用パートナーを換えたりシステムをリプレイスしたりして、オペレーションをゼロから組み直すのは現実的ではないという判断が下されるケースを数多く見てきました。僕たちは、こうした状態を「大手企業の慣性の法則」と呼んでいます。

さらに今まで積み重ねてきた成功体験があるほど、変化のための決断を先送りにしがちです。大きな変化の波が来たら、変わることに時間がかかる分取り残されてしまうリスクが高いのに、です。

ただこうした現状になっているのは、ベンダー側にも原因があると思っています。
日本ではどうしてもベンダー企業は下請けの意識が強くなりがちです。クライアントの希望をひっくり返してはいけない空気がありますよね。僕たちが支援側に立つ際には、モノを収めることではなくビジネスで成果を出すことが仕事になるので、「そもそも、その仕様は必要ですか?」と問える関係性を築くことが重要だと考えています。

 
岡本: 今はECの世界だけではなく、社会全体でDXが進んでいます。それでもやはり、おっしゃる通りに規模が大きい企業では慣性の法則を感じますね。

石川: それは変わらない安心感をもたらす一方で、新しい流れにひっくり返される大きなリスクを抱えているとも言えます。いずれベンチャーの若い人たちが起こした変化によって、大企業がひっくり返されることも起こってくるかもしれません。
ただ本当はそういった流れが起きるのが自然であって、日本ではもっと増えていかなければいけないと思うのですけれどね。

僕がCVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)のような活動をする会社を作ったのは、そうした理由もあります。すこし前まではチームの中で僕が最年少であることが多かったのですが、最近はスタートアップの経営者など年齢が下の人たちとの関わりが多くなってきました。

今ベンチャーをやっているような若い人たちは本当に優秀で環境も整ってきている。事業を立ち上げるにはいい時代ですよ。僕が自分でビジネスを始めた頃とは全然違っていて、ECパッケージをゴリゴリにカスタマイズして不夜城みたいな状態で機能実装していたことが、今は全然そんな苦労が必要なくShopifyあたりで簡単に実現できちゃう。
恐らく10分の1のコスト、4分の1の開発期間でできるんですよ。マーケのインフラも経営のインフラも簡単に整うし、資金調達の手段だってある。そういう意味では恵まれているし勝負できる可能性があります。ロケットスタートできるんです。

CVCの活動では資金の支援だけでなく、先程お話ししたような体系立てた「型」を伝えながら、イノベーションを起こす手助けができたらと考えています。
 
岡本: 石川さんのご経験とそのノウハウは本当に貴重だと思います。マーケターとしてのキャリアの積み上げ方も参考になる点が多いです。私自身色々と勉強になりました。ありがとうございました。