■ ベータ版がローンチされたスターバックスのWeb3コミュニティ
昨年12月8日に米スターバックスがブロックチェーン技術を使った新しいメンバーシッププログラム「Starbucks Odyssey」のベータ版をローンチしました。
Starbucks Odysseyは既存のStarbucks Rewards会員が登録できるプログラムで、その中では”journey”と呼ばれるゲームやクイズ、タスクをクリアするとNFTの”Journey Stamp”とOdysseyポイントがもらえます。ゲームやクイズはスターバックスやコーヒーに関するものになっていて、新しいドリンクを試すといったタスクもあるようです。(米国に居住している人が対象で、残念ながら日本からは参加できません。)
ポイントが貯まると特典にアクセスできるようになり、例えば「コスタリカのスターバックスコーヒー農場へのツアー参加」といった特典が用意されています。
https://waitlist.starbucks.com/
■ NFTの売買にまで踏み込んだStarbucks Odysseyの衝撃
ここまでなら従来の一般的なロイヤルティプログラムと大差ありませんが、面白いのはそのStampをメンバー間で売買できるマーケットが用意されている点です。
“Starbucks will create an accessible Web3 community that will enable new ways to engage with members and partners (employees).”とされていて、あえて”partners (employees)”と記載されていることからも、単なるロイヤルティプログラムではなく、従業員も含めてある種の価値観を共有できる人たちの新しいタイプのコミュニティとして構想されているのではないかと想像できます。
単に顧客が利用額に応じてStampを貯めるだけでなく、例えば素敵なサービスを提供してくれたパートナー(従業員)に顧客がお礼の気持ちの表現としてStampをプレゼントしたり、あるいは顧客が店舗独自のメニュー開発を提案して貢献してくれたらお礼に店長さんがStampをプレゼントする、なんてこともできるかもしれません。(これは私の勝手な想像です。)
企業と顧客という固定された関係性でなく、スターバックスというブランドを中心にしてお互いにある種のサービスを提供し合うコミュニティメンバーになるという、「どっちがお客なんだか分からない」ような新しい関係性が生まれていく可能性があると思います。
Starbucks OdysseyではNFTの売買といっても仮想通貨のウォレットが必要なわけではありません。全てアプリ上で完結するので、ユーザーは特にNFTやブロックチェーンを意識する必要がなく、また現在のメンバーシッププログラムとの連続性もあり、無理なく参加できる仕組みになっています。
とはいえ、いきなりNFT売買のマーケットまで用意するというのは「攻めた」設計になってると感じました。投機的な取引にどう対処するのかなど、未知の領域に果敢に挑むチャレンジングな取り組みだといえます。
■ ブロックチェーンが進化を後押しするweb3時代のCRM
昨年あたりから盛り上がってきた「web3」というコンセプトについて、ここで解説を試みると長くなりそうなので止めておきますが、その基盤技術であるブロックチェーンには、過去インターネットがそうだったようにCRMを新たなステージに進める力があると思います。
その一つの方向性が「Starbucks Odyssey」が打ち出した新しいタイプのコミュニティでしょう。
いわゆるDAO(Decentralized Autonomous Organization:分散型自律組織)のように管理者がいない自律的な組織ではありませんが、言葉によるコミュニケーションだけでなくNFTの売買や交換を通じて、共通の価値観を持った人たちがより強い絆をつくれる可能性があると思います。
■ CRMからVRMへ?
ブロックチェーン技術によってCRMが進化する可能性があるもう一つの方向性は「VRM」だと思います。
VRMというのはVender Relationship Management の略で、CRMのいわば対概念として2008年にハーバード大学バークマン・センターで初めて提唱されたコンセプトです。
その後ドク・サールズ氏の「インテンション・エコノミー」(2013年 翔泳社)によって広く知られるようになりました。
企業が顧客データを収集して顧客との関係を管理するCRMに対して、VRMでは顧客が自身のデータを管理して企業(ベンダー)に見積やサービスを依頼したりして企業との関係を管理します。CRMの主語が企業であるのに対して、VRMの主語は顧客です。
Amazonでの書籍解説では以下のように書いてあります。
「企業がマーケティング戦略として顧客を囲い込む世界から、顧客の力は、消費者としてひとくくりできるものではなくなり、もっとパーソナルなものになるということだ。そして顧客は、自身に関するデータを保管・共用するための独自の手段を手に入れ、売り手との関係構築のための独自のツールを獲得する。
こうしたツールを使って顧客は独自のロイヤルティプログラムを展開できる。 これまで顧客の関心を惹きつけるために有効だったCRM(顧客関係管理)が意味をなさなくなり、顧客が商品・サービスの最適な売り手を選択するためのツールとしてVRM(企業関係管理)が台頭するのだ。」
1993年にディレクタスを創業して以来CRM支援の仕事をしていた私はこの本を読んで感激し、「そうだ、これからは顧客が自分のデータを管理する時代なんだ」と思ったものですが、そもそもCRM自体ある種の幻滅期に入っていた時期でもあり、現実的なテーマとして取り組む企業はありませんでした。米国でも広く普及したという話は聞きません。
そもそも個人が自分のデータを安全に管理し、それを必要に応じて企業と共有するプラットフォームを誰が作って運用するのかという問題があったと思います。
(総務省が推進している「情報銀行」は、それを公共性の高い銀行のような組織が担うという考え方ですね。)
■ 「VRM」のコンセプトはブロックチェーン技術で蘇るのか
20年の歳月を経て登場したブロックチェーン技術を使えば、データを一企業が集中管理することなく共有できるので、VRMのコンセプトを実現するにはぴったりの仕組みだといえます。
実際「分散型ID」という規格の標準化がW3Cでも議論されているそうで、一企業や行政組織が管理することなく汎用的に通用するIDが登場するかもしれません。そのIDに自分のデータを紐づけて管理することができればVRMの基盤ができることになります。
もちろんVRMが統合されたプラットフォームの形でいきなり実現されるとは思いませんが、個人情報に関する現在の世界的な潮流を考えると、個人データを個人が管理できる仕組みが何らかの形で作られていくのではないでしょうか。
普及のポイントはユーザーにとってのベネフィットだと思います。個人データを自分で管理できるようになっても、それによって何の恩恵もなければ使われることはありません。
ちなみに私はそれがユーザーの意向に基づくCRMデータの企業間連携のような形から始まるのではないかと考えています。
いずれにしても2023年はCRM領域でも大きな変化が起きる年になりそうです。